前回の記事で書いた通り、我が家では長男が3歳半頃から公文を続けています。
そして今振り返ると、私はずっと公文を「勉強」だと思っていませんでした。
もちろん世間的には勉強です。
誰が見ても勉強です。
でも我が家の感覚では少し違いました。
公文は勉強というより、
習慣でした。
七田式の頃から欲しかったのは習慣だった
実はこの考え方は公文から始まったわけではありません。
七田式を始めた時からそうでした。
私は子どもを賢くしたかったわけではありません。
少なくとも最初は。
欲しかったのは、
毎日少しずつ続ける力。
コツコツ積み上げる力。
そのために七田式を選びました。
だから公文を始めた時も、
「勉強が始まる」
ではなく、
「習慣を引き継ぐ」
という感覚だったのです。
公文は進めば進むほど苦しくなる
公文をやっていると分かります。
必ず苦しい時期が来ます。
誰でも来ます。
簡単なところだけをやっているわけにはいきません。
今までスラスラ解けていたのに突然止まる。
時間がかかる。
間違える。
戻される。
そんな時期が必ずあります。
長男もありました。
今後もあるでしょう。
長女にもきっと来ると思います。
でも歯磨きはやめない
私はいつも思うのです。
口内炎ができた日。
歯磨きって痛いですよね。
本当に嫌です。
できればやりたくない。
でもやります。
歯磨きをやめる人はいません。
痛いから今日はもういいや。
そうはならない。
なぜなら習慣だからです。
公文も同じ
私は公文も同じだと思っています。
苦しいからやらない。
面倒だからやらない。
そうなると習慣にならない。
もちろん例外はあります。
体調が悪い日。
どうしても無理な日。
そういう日はあります。
でも基本はやる。
やらないと気持ち悪い。
「あっ、今日まだやってない。」
そう思う。
そこまでいって初めて習慣なのかなと思います。
歯磨きとの違い
ただ、公文は歯磨きとは少し違います。
歯磨きにはタイミングがあります。
ご飯を食べたあと。
寝る前。
順番が決まっています。
歯磨きして。
歯磨きして。
ご飯食べて。
寝る。
そんな人はいません。
公文は好きな場所に入れられる
でも公文は違います。
朝でもいい。
学校のあとでもいい。
夕飯の前でもいい。
寝る前でもいい。
本当は時間を決めた方が楽です。
でも現実はそんなにきれいじゃありません。
今日は習い事がある。
今日は帰宅が遅い。
今日はなんだか疲れている。
そんな日もあります。
それでもどこかに入れ込める。
この柔軟さが公文の良いところだと思っています。
宿題で揉めたことはありますか?
あります。
めちゃくちゃあります。
むしろない家庭あるのかな。
というレベルです。
怒鳴ったこともあります。
プリントをぐしゃぐしゃに丸めたこともあります。
先生に失礼ですよね。
本当に反省しています。
「やめちまえ!」は何回言ったかわからない
公文をやっていると、
親だって余裕がなくなります。
特に共働き。
帰宅して。
夕飯作って。
お風呂入れて。
その上で公文。
余裕なんてありません。
だから私は何度も言いました。
「もうやめちまえ!」
今思うと完全に親の感情です。
でも長男は不思議だった
不思議なのは長男でした。
泣くんです。
怒るんです。
嫌がるんです。
でも、
「やめない!」
と言う。
そして泣きながらプリントに向かう。
正直、我が家がここまで続いたのは長男のおかげだと思っています。
私の力ではありません。
やめていいと言ってもやめない
実は後になってからは、
「やめてもいいよ」
という言い方もするようになりました。
でも長男の答えは同じ。
「やめない。」
なんです。
不思議ですよね。
一番文句を言うのに。
一番続ける。
長女には言い方を変えている
ただし長女は別です。
私はあまり同じ言い方をしません。
なぜなら性格が違うから。
長女はたぶん、
「じゃあやめる。」
と言うタイプです。 そして一度自分で決めたら本当にやめる。
長女は自分で決めたことをやり抜く
逆に、
自分でやると決めたことにはとことん強い。
負けず嫌い。
飲み込みも早い。
小学校受験のペーパーもそうでした。
本当にびっくりするくらい吸収が早い。
私は時々、
「この人、人間3回目くらいなんじゃないの?」
と思っています(笑)
子どもによって習慣化も違う
だから習慣化って面白い。
同じ家庭。
同じ親。
同じ公文。
でも反応が違う。
長男は感情で動く。
長女は理屈で動く。
同じ方法が通用しない。
だから習慣化ってテクニックではないのかもしれません。
一番大事なのは親が苦にしないこと
習慣化で何が一番大事ですか?
と聞かれたら、
私は意外な答えを言います。
子どもではありません。
親です。
親が続けられることを選ぶ
公文が合う人もいる。
冊子型のドリルが好きな人もいる。
タブレット学習が好きな人もいる。
全部正解です。
私は七田式のプリントが好きでした。
終わったら捨てられるから。
でも人によっては、
冊子の方が成長の軌跡が見えて好きかもしれない。
みんなそれぞれ。
結局、親かーい
できないことはやらない。
続かないことはやらない。
親が苦しくなることはやらない。
それが一番大事。
なぜなら幼児の習慣は、
親が管理する部分が大きいから。
結局、
最後は親なんですよね。
振り返ると公文は勉強ではなかった
我が家にとって公文は勉強ではありませんでした。
歯磨き。
着替え。
お風呂。
それと同じ。
毎日の生活の一部。
だから続いた。
そして続いた結果として、
学力もあとからついてきた。
そんな感覚です。
次回予告
習慣沼④ やめていいと言ったのに続いた公文沼
何度も「もうやめてもいいよ」と言ったのに、なぜか続いた長男。親として驚いた「やめない理由」について書こうと思います。

コメント